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『黄昏のトクガワ・ジャパン シーボルト親子の見た日本』 ヨーゼフ・クライナー 

シーボルト親子、特に父・フィリップにフォーカスした小論を集めた本。
シーボルトの日本研究、バイエルン州との関係、そのコレクションや著作など、豊富なテーマが扱われています。
書き手が国内外の研究者両方に渡っているので、視点の違いが面白いです。
日本の研究者さんは日本史的な観点から見るけれども外国の研究者さんは世界史的(ヨーロッパ史的)な観点から見る、など。
同様に書き手が複数に渡っていることから、シーボルト関連の情報に対する認識や解釈が違うことも、複眼的で良かったです。
シーボルトの研究内容ひとつ取っても評価が高かったり低かったりまちまちだったりします。

長男のアレクサンダーが明治初期の日本外交にかなり噛んでいるようで個人的に興味があります。

『ドイツの中のユダヤ―モダニスト文化の光と影』 ピーター・ゲイ 河内恵子訳 

「近代のユダヤ人はモダニストであるという論調があるがそれは本当か」「近代におけるユダヤ人の位置付けとは」「ユダヤ人のドイツへの同化願望の実態」「ドイツの都市とユダヤ人」、そんな本です。
一章まるまる割かれたフロイトの話は彼の思想についての話に行が割かれているものの、伝記じみてて楽しかったです。
しかし全体的に話が濃い・抽象的・修飾的で、読むのが大変でした。
もう少し主語と述語をスッキリさせてくれたら嬉しかった…(笑)
近代のユダヤ人の作家・音楽家さんなど+近代のドイツとユダヤ人との関係についての基礎知識がないと解り辛いと思います。
しかし逆に言うと、~近代(近代以前に関してもざっと撫でてくれてます)のドイツとユダヤ人の関係について複数のテーマから書き出してくれているので、そういったテーマを深めて行きたい場合は使えるかもしれません。特にその頃活躍したユダヤ人の芸術家さんに関して(有名どころだけかも知れないのですが/詳しくないので何とも言えない)は手広く扱ってくれているように思いました。
ユダヤと言うテーマを専門でやってる先生が参考図書で出してきたものでもあるので、悪い本ということは無いと思います。

『江戸・東京の中のドイツ』  ヨーゼフ・クライナー 安藤勉訳 

江戸~明治期に来日したドイツ人について簡単にまとめてあります。
どのテーマでも日本にある関連史跡について一度は言及があるんですが、その周辺の風景描写が綺麗でした。
ヤン・ヨーステンとかブラウンとか、『日独文化人物交流史―ドイツ語事始め』と被ってる人物も居ますが、大方新しいかもしくは人物が被ってても新しい情報が提示されていたと思います。
写真が多いことも嬉しい。それから参考文献リストも良かったんですが、著者が日本人じゃないので横文字モノが多かったのが残念(笑)
語学を磨けと、そういうことかヨーゼフ!(お友達かよ)
6章以降くらいから明治政府のお歴々が話に絡んできて楽しかったです。
特に井上馨の名前を多く見た気がします。
意外な所でドイツの方が腕を揮っていて、近代日本とドイツのかかわりの深さを改めて感じました。
買いたい(宣言)(しとかないとすぐ忘れそうなんで)(鳥頭!)

『ケストナー ナチスに抵抗し続けた作家』 クラウス・コードン著 那須田淳/大本栄訳 

「エーミールと探偵たち」の作者、ケストナーの伝記。対象年齢小学校高学年くらいなので書き方は簡単ですが、結構濃いです。
ざっとケストナーの生涯を知りたいのなら十二分以上かと。
主な出典はケストナーの自叙伝など。生誕から死去まできちんと追ってくれています。
人名や事件などについて欄外に註があるのがまた良いのです。理解しやすい。
コレを読むと、「エーミール」というキャラクターがいかにケストナー自身を投影して出来上がっているかがよくわかります。悪い意味ではありませんが。
気が弱そうに見えて芯は太いというか、秘めたる闘志というか、とても真っ直ぐな人で読んでいて元気が出ました。
ちょっと尾崎に似てる気がします。なんて。

『戦後ドイツ―その知的歴史―』 三島憲一 

「戦後ドイツ」に対する日本人研究者の論調は、概ね好意的であることが多い。しばしば戦後ドイツの平和教育、信頼回復を旨とした外交の方法、国民の態度などが日本と比較され、「ドイツはこんなに良くやっているのに日本と来たら」と愚痴のようにこぼす形でまとまっている。確かに日本人は第二次世界大戦に対して加害者意識が希薄であるとは思うが、ドイツ人は本当に、即刻自らを加害者と認めて償いに乗り出したのだろうか? これこそが、三島が『戦後ドイツ』の中で否定してかかったことである。
 三島はドイツを批判する。アウシュヴィッツを作り出したナチスと自分たちは別物であったと主張し、罪を認めない国民として「ドイツ人」を描く。今までもドイツのそのような拒否反応について日本人学者が書いてこなかったわけではないが、話の主となるのは戦後のドイツの対応の素晴らしさであった。ヨーロッパにおいてはプリーモ・レーヴィやエーリヒ・ケストナーなどが批判的に戦後のドイツ人の反応を書いている。にも拘らず、日本のドイツ評で、言うなればドイツ人が直視したくない「汚さ」がクローズアップされることは少なかった。あるドイツ評論にドイツ批判が含まれていたとしても、三島ほど丁寧に戦後ドイツにおける「第二次世界大戦の捉え方」を辿ったものは少ないだろう。複数のドイツ関連書を読むに当たっては、ドイツを褒めるだけでなく批判する目線からの本も当然含まれるべきである。ドイツを持ち上げる傾向のある日本学者の著作群の中で、『戦後ドイツ』は良きバランサーであるとも言えよう。
 しかし、それにしても三島が著作中で引き合いに出した知識人は偏りすぎているように思う。トーマス・マン(1875-1955)、テオドール・アドルノ(1903-1969)、ハインリヒ・ベル(1917-85)、ギュンター・グラス(1927-)、ユルゲン・ハーバーマス(1929-)などに関しては終戦直後から年代を横断して扱っている一方、ナチを巡って論を揮ったドイツ人・知識人でありながら名前さえ出てこない者も大勢いる。むしろ戦後に活躍した作家の中でも、登場してこない者の方が圧倒的に多いのである。作家に限らず単に「知識人」という形で見れば、その数はもっと多い。
数人の知識人の行動のみを標本にするという偏った形で、「戦後ドイツの知的歴史」を描き出せるものではなかろう。扱う知識人の数が増えすぎると散漫になるだろうことはわかる。しかし、三島が重点を置いた知識人たちに、そこまで大きな意見的隔たりがあったとは思えない。せめてもっと「立場が極端に違う」複数の人間について書くなどして、視点を多角的にすることは出来たのではないだろうか。あるテーマについて論じる際に、狭い視点からの展望に終始してしまっては片手落ちである。日本学者の戦後ドイツ評論、という大きな枠の中ではバランサーになり得ても、『戦後ドイツ』という一冊の本の中では毀誉褒貶に不公平を感じる。

『広島修道大学研究叢書 第85号 明治初年のドイツ留学生』 森川潤 

索引は無し。もくじも簡素。参考文献は各章末に注釈として掲載されている。

明治初期(~明治6年)のドイツへの留学生の、留学前の経歴・学んだ事柄や滞在中の状況・ドイツに対する印象、などをまとめた論文。一次資料からの引用が多いので関係者についての基礎知識を入れてからの方が読みやすいと思います。
事実の列挙という感も否めないですがまとめの章も用意されていたし色々な資料を示していただけたので満足です(何様)
特に医学関係の留学生の静動と、青木周蔵がフォーカスされています。
青木ドイツ大好きなんだな…。
巻末の幕末~明治6年までのドイツ留学生リストが情報が詳しいので重宝です。
あと当時のドイツの大学への日本人留学生の在籍数と、ベルリン大学の学位取得者数も図表あり。数字のデータでわかりやすいです。

『日独文化人物交流史―ドイツ語事始め』 宮永孝 

索引は無し。ある程度もくじは詳しいのでそこから引くしかない。
参考文献表は無いが、各章の最後に参考文献が注釈として掲載されている。

日独交流史の基礎本。
来日ドイツ人のはじめ、訪独日本人のはじめ、日独両国で両文化が、誰の手で、どのように広まったかなど。
日本におけるドイツ、また、歴史的事件などの話よりドイツ語・ドイツ文化の受容の話の方に主眼が置かれている印象でした。
日本でドイツ語がどのように学ばれるようになっていったか、日本におけるお雇い外国人、主な来日ドイツ人、については結構濃いですが、逆はあまり情報がありません。さらっと流してる感じ。
ただ、独和辞書の種類・私立の独逸語学校(名前・代表者・所在地など)・近代のドイツ留学生(名前・出身・その後)などが独自に一覧化されていたのはわかりやすくて重宝します。明治初期だけに限るなら、留学生のリストは『明治初年のドイツ留学生』(森川潤)の方が情報量が多かったですが。
割と色々な事柄について基本的な情報やソース元を出してくれているので、ここから興味のある素材を見つけるのがいいんじゃないかと思います。
私の場合はかなりいろいろ見つけることができてうはうはです(笑)
今までは「日本史」関連の本を読んでいたわけですが、この本では「日本とドイツ」がテーマなので、「日本史」で好きになった人物が意外なところでドイツに関わってきたりするのですよ。

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