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『萩原朔太郎詩集』 河上徹太郎(編) 

素朴な不気味さとシュールさがある。
あきらかに異常な状況が物凄く淡々と綴られていたりそぐわないほど明るい形で表現されていることがある。
ときどき凄くドキッとする日本語を使う。好きです。

お気に入りの詩は、:「殺人事件」「死」「酒精中毒者の死」「内部にいる人が畸形な病人に見える理由」「鶏」「遺伝」「蝶を夢む」「かつて信仰は地上にあった」「狼」「大砲を撃つ」「珈琲店 酔月」 詩じゃなくて短編小説って感じだったけど「死なない蛸」

『北原白秋詩集』 神西清(編) 

やっぱりどこか残酷な美しさを感じる。今回読んだ人の中では一番物言いが古風。
幻想的で目眩がしそうなものから素朴で童謡みたいなやわらかなものまで。グリム童話的な子供の残酷さみたいなものが根底にあるんだらうかと思ったり思わなかったり。
目当てはどこかで読んだことのある金魚の詩だったのですが見つけられませんでした。残念。

お気に入りの詩は、:「黒い小猫」「からたちの花」

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『中原中也詩集』 吉田 ヒロオ(編) 

「汚れちまつた悲しみに」の人です。
耽美的で、時々どこか不気味な、残酷な美しさがあって好き。
サーカスとかピエロに惹かれるような感覚。


お気に入りの詩は、:「盲目の秋」(特にⅣ)「無題」(同じく特にⅣ)「蝉」「道化の臨終」(自分メモ:使いたい)
ドイツ関連メモ:「お道化うた」(ベートーヴェンとシューベルト)「一つのメルヘン」「ダダ音楽の歌詞」

『智恵子抄』 高村光太郎 

絶賛近代日本語に親しもう月間(何)ここからしばらく詩集ばかり読んでました。
近代の日本語に入門していくよいきっかけになれば、と思って明治~昭和初期の詩人さんばかり何冊か。
特に新潮文庫の詩集がいいと噂に聞いたので、そちら寄りです。

というわけでもう高村さん大好きですーー(;;)(いきなり何)
作品の主題が愛であっても恋人であってもそれが創作である限り、それは著者が本当に誰かを愛しているということとは直結しません。
私大概、作品はストレートに著者の思ったことか? ということには懐疑的です。
高村さんの言葉も創作は創作と割り切って読んでいて、それはそれでとても好きだなきれいだなと思ったのですが、詩に書かれた高村さんから智恵子さんへの愛が本当に本当らしいと解ったらもう泣けて泣けて詮無かったです。
詩のほかに智恵子さんについて書いたエッセイのようなものや、著者と智恵子さんのお友達からの文章が載っていたのでああほんまもんなんだなあと思ったわけですが。
一途な人が大好きです。

お気に入りの詩は、:「元素智恵子」ですが…もうほとんど全部好き。

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『オトナ語の謎。』 糸井重里(監修) 

激しく面白い。爆笑しました(笑)
オトナの世界で日常的に使われているオトナ用語の解説本。ネット(糸井重里さんによる、「ほぼ日刊イトイ新聞」)で行われていた企画を本にまとめたもの。
マジでこんな言葉で喋るんかいとツッコミを入れたいものから、自分も使うわーというものまで。学生が読んでも将来の予習と言う感じで面白いですが(笑)社会人の方が読んだら一層面白いのでは。ていうか母に薦めたら「使う使う使うー!!」と爆笑しとりました(笑)

『さすが!日本語』 渡辺実 

日本語の中でも、「副用語」に注目した本。
副用語とは、辞書によれば、
<文の骨子となる体言・用言に依存し、それにさまざまな意味をつけくわえる語。副詞・連体詞・接続詞・感動詞など。語形変化がなく、連用または連体のいずれか一方の機能をもち、実質概念の希薄な語の総称として用いられる。>
だそうです。
この著者の方は、“一部の副用語=学校などで習う副詞=「せっかく」「どうせ」「いっそ」「とても」など”と例示をするだけに留めています。
とまあこういう副詞が日本語に独特の色をつけていると論じた上で、どのように使われているか・文法的な決まり、などを言葉ごとにまとめた本です。
専門用語や著者の方の造語に関しては、徐々に、例を引いて説明をしてくれるので解りやすいです。
しかし使い方の説明が凄く文法的・公式的で、数学が出来ない私にはその辺が読み辛かったです(笑)英語文法の参考書を読んでいるような感じ。
割と感覚的な説明も多いのでこんがらがります。
でも、「そういえばそういう決まりを守っていつも使ってるなぁ」という再発見がたくさんありました。
また、一部の例文では、私の感覚では普通に聞こえるような言葉に「誤用」の印が付いていることも。
日本語の移り変わりってもんのすげえ速さなんでしょうね。

『日本語と日本人の心』 大江健三郎・河合隼雄・谷川俊太郎 

大江さんの作品には触ったことが無いのですが、河合さんのご本と谷川さんの詩はとても好きなのでうきうき読みました。
やや抽象的な日本語論です。お三方共アプローチと理念が独特で、そういう考え方もあるのだな、と目を開かされる思いでした。
独特の発想が出てくる土台には、お三方の日本語への立場の違いがあるのだろうと思います。河合さんは心理学がご専門ですし、大江さん・谷川さんは字を使う仕事という点で共通しているけれども小説と詩という違いがある。字で食べている後者お二人は、原稿への取り組み方やこれからの日本語に関する展望も全く違って意外でした。見方が違う人との討論は、付和雷同なそれよりずっと面白いですv
一番印象に残ったのは、大江さんが仰っていた「そもそも普段から使われている既存の『言葉』を組み合わせて綴る限り、この世の中に『独創的な』創作は有り得ない」(要約ですが)というお話。そう来るかあ…!

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