スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『クリスマスの文化史』 若林ひとみ 

主観的過ぎるのが鼻に付く本であった。冒頭から著者のヒロイックでセンチメンタルな独白が続き、ドイツ批判がされる。まがりなりにも文化について語ろうというのなら、もっと客観的な叙述をして欲しかった。著者の主観的感想は全編を通して付いて来るが、そこに言葉を尽くす余裕があるのならもっとクリスマス文化について詳細な説明が欲しかった。
ただし写真や絵がふんだんに使用されており、具体的なイメージが浮かびやすく、分かりやすいものには仕上がっているのではないだろうか。
クリスマスの様々な行事や習慣を概観して面白かったのは、宗派の存在であった。宗派=考え方が違うからこそ儀式や祝い方が違っている部分もあれば、根本的思想が違っても宗派を超えて浸透してしまった事物もある。例えば、聖人崇拝に当たってしまう聖ニコラウス祭を廃止すべく作られた、12月24日のクリストキントによるプレゼント贈呈はカトリックにも浸透した。元々はクリスマスツリーもプロテスタントの習慣であった。逆にカトリックの風習だった生誕シーンは19世紀にはプロテスタントにも派生した。ただプロテスタントとカトリック(とピューリタンが少々)のクリスマス史が主なことは少々残念である。キリスト教の宗派は二分割どころではない。ドイツにおいても、確かにプロテスタントとカトリックの信者が多くはあるがそれが全てではない。ページ数の問題はあるかもしれないが、他の宗派ではどのように祝われているのかも丁寧に見ていって貰いたかった。ある行事が地域や集団によって変化するとき、そこには彼らの根本思想が表れると思う。一方、ツリー・生誕シーン・アドヴェントクランツなどが宗派を超えて共有された理由も著作中には示されていない。それらが生れた事情やそこにある思想が、共有され得るものだったからかもしれない。広域に伝播するうちに思想的なものが薄れたもしくは変遷したのかもしれない。あるいは、楽しく、美しく、感動や癒しをくれる事物を真似ずにはいられなかったのかもしれない。遡ればキリスト教という共通土壌があるとはいえ、お互いに理念の違うもの同士である。魅力かメリットがないものであれば共有しようとはしなかっただろう。
 キリスト教国ではあくまで敬虔に、荘厳にクリスマスという行事を祝うものなのかと思いきや、思ったよりも柔らかい行事であるようで新鮮に感じた。不要な箇所とは思うものの、著者が情緒的に描写したドイツの片田舎のクリスマスは幻想的で美しかった。一度はクリスマス時期のドイツを旅行してみたいものである。
クリスマスの文化史 / 若林 ひとみ

スポンサーサイト

Trackbacks

Trackback URL
http://dankeschon4310.blog16.fc2.com/tb.php/582-7e76aa4f

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。