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『戦後ドイツ―その知的歴史―』 三島憲一 

「戦後ドイツ」に対する日本人研究者の論調は、概ね好意的であることが多い。しばしば戦後ドイツの平和教育、信頼回復を旨とした外交の方法、国民の態度などが日本と比較され、「ドイツはこんなに良くやっているのに日本と来たら」と愚痴のようにこぼす形でまとまっている。確かに日本人は第二次世界大戦に対して加害者意識が希薄であるとは思うが、ドイツ人は本当に、即刻自らを加害者と認めて償いに乗り出したのだろうか? これこそが、三島が『戦後ドイツ』の中で否定してかかったことである。
 三島はドイツを批判する。アウシュヴィッツを作り出したナチスと自分たちは別物であったと主張し、罪を認めない国民として「ドイツ人」を描く。今までもドイツのそのような拒否反応について日本人学者が書いてこなかったわけではないが、話の主となるのは戦後のドイツの対応の素晴らしさであった。ヨーロッパにおいてはプリーモ・レーヴィやエーリヒ・ケストナーなどが批判的に戦後のドイツ人の反応を書いている。にも拘らず、日本のドイツ評で、言うなればドイツ人が直視したくない「汚さ」がクローズアップされることは少なかった。あるドイツ評論にドイツ批判が含まれていたとしても、三島ほど丁寧に戦後ドイツにおける「第二次世界大戦の捉え方」を辿ったものは少ないだろう。複数のドイツ関連書を読むに当たっては、ドイツを褒めるだけでなく批判する目線からの本も当然含まれるべきである。ドイツを持ち上げる傾向のある日本学者の著作群の中で、『戦後ドイツ』は良きバランサーであるとも言えよう。
 しかし、それにしても三島が著作中で引き合いに出した知識人は偏りすぎているように思う。トーマス・マン(1875-1955)、テオドール・アドルノ(1903-1969)、ハインリヒ・ベル(1917-85)、ギュンター・グラス(1927-)、ユルゲン・ハーバーマス(1929-)などに関しては終戦直後から年代を横断して扱っている一方、ナチを巡って論を揮ったドイツ人・知識人でありながら名前さえ出てこない者も大勢いる。むしろ戦後に活躍した作家の中でも、登場してこない者の方が圧倒的に多いのである。作家に限らず単に「知識人」という形で見れば、その数はもっと多い。
数人の知識人の行動のみを標本にするという偏った形で、「戦後ドイツの知的歴史」を描き出せるものではなかろう。扱う知識人の数が増えすぎると散漫になるだろうことはわかる。しかし、三島が重点を置いた知識人たちに、そこまで大きな意見的隔たりがあったとは思えない。せめてもっと「立場が極端に違う」複数の人間について書くなどして、視点を多角的にすることは出来たのではないだろうか。あるテーマについて論じる際に、狭い視点からの展望に終始してしまっては片手落ちである。日本学者の戦後ドイツ評論、という大きな枠の中ではバランサーになり得ても、『戦後ドイツ』という一冊の本の中では毀誉褒貶に不公平を感じる。

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