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『ハプスブルクの宝剣』 藤本ひとみ 

最初は書きたい主題が見えませんでした。
主人公@エドゥアルトがオーストリアの危機を救って認められていく様を描きたいのだったら不要な人物が多すぎると思ったのですね。特に女性。ぱっと出てすぐに消えてしまう女性の登場人物が序盤に複数いたから。マリア・テレジアに関してもどうしてあそこまで絡ませるのか解りませんでした。オーストリアにエドゥアルトを縛っておくにはフランツがいるだけで十二分に見えたので。
でも終盤のとあるエピソードで、これはエドゥアルトのユダヤ人という設定によってアイデンティティの問題を取り上げたかったのだなーとようやっと解りました。このエピソードがあるから本作を見直したので(笑・それまでは恋の鞘当がしつこすぎてちょっと辟易していた)、二人の女性は必要ですわな。
それでももう少し人物の数は削れたんじゃないかなと思います。ページ数の割に多かった。史実に基づいている分、事実として接触があった人物同士を削るわけにいかなかったのかな。私は西洋史に詳しくないのでどこまでがオリジナルの人物でどこまでが史実上の人物なのか判断が出来ませんが。

本作を読んで、西洋の外交というものを端的に知りました。常にヨーロッパとその周辺諸国の動向に気を配り、相手の人間関係や置かれている状況や求めているものを的確に読み取って、国益のためになるよう先手先手を打ってゆく。17~18世紀の世界観で既に普通にこれなら、日本が西洋に比べて外交下手だと言われるわけだ。
日本国内もドイツのように藩という小国家に分かれていたわけで、藩同士の『外交』はもちろん行われていたでしょう。
でもそれは多少の違いはあれども同じ言葉と文化と歴史を持った相手とのことで、全く違う言葉と文化と歴史を持つ国家との外交に関して日本は19世紀に入ってようやっと本格的に取り組み始めたんですよね。年季が違う。
頭脳戦を近代日本と比較するのが面白かった。

人物像について。言ってしまえば腐女子好み…?(笑)
フランツとフリードリヒのエドゥアルトへののめりこみ方も激しいですが、エドゥアルトも随分二人に執心する上女性とも恋愛を繰り返すのでなんだかエディの人物像が後半になるまで安定しなかったです;;
女性だけでもころっと相手が変わって、全て熱愛っぽく描かれてたので、一途な人が好きな私的にあまりはまり込めませんでした。
ていうか女性に対して執念のような恋愛をしながらもフランツのこと大好きなんですよねエドゥアルト…
女性へのエドゥアルトの気持ちは凄く感情的に、フランツやフリードリヒへの思いはもっと落ち着いた深いところから来ているように書かれていたのでむしろ女性=表面的な愛・フランツたち=心から愛 に、見えてしまいました。
だから前半の、両方に気持ちが行っちゃってるエドゥアルトは章ごとに人が違うみたいだった。章単位でなら分裂してなくておっもしろく読めるのにお話として見た途端人物として破綻してた、と感じました。序盤の限りではコレ長編じゃなくて短編連作のがそういうところ目立たなかったんじゃ? と思ったくらい。
テレーゼとの愛憎を消化した後はフランツと言う名の一本筋が通った感じで(…)性格がブレなくなって、引っ掛からず読めました。

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