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 2005年12月 

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『正岡子規―五つの入口』 大岡信 

著者が行った子規についての講演を本の形にまとめたもの。
講演当日は資料が配られたらしく、そこに言及されている部分が少々わかりにくいですが、話自体は易しいです。
子規への愛ある視線のもとで、褒めちぎるでもなく批判に終始するでもなく、(やや子規寄りではあるにしろ)バランスのよい話をして下さっていると思います。
虚子・碧梧桐はじめ、子規前後の文壇への言及もあるので時代背景も解り易いです。
引き合いに出されるネタが愛嬌があって面白いのですよー!
ユーモアのあるエピソードやアイディアに、かなり笑いました(笑)
でもだからこそ病魔に冒されている姿が痛くて切なくて詮無いです。

ちなみに一雄との関わりは一切言及無しデース(笑)
わかっちゃいたけど期待してしまった私の馬鹿…!

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『ふだん着の原敬』 原奎一郎 

ハラケーさんの養子である奎一郎(貢)くんが新聞連載したお父さん関連記事をまとめた本。
口語体の文章はめちゃめちゃ読みやすい上、一本一本のネタが短いので一番気軽に読める原本かも、と思いました。
「父の映像」と被ってる内容のものもありました。
「政治家」ハラケーと言うより家庭での話が多いです。非常に可愛いお父様です。(力)
台所を仕切ってた女中さんや馬車の運転手さんなど、息子さんならではのネタが盛りだくさんで嬉しい。
でも岡崎は出てきませんでした…(寂)
父への視線が暖かで、そして父から息子への視線も暖かでv大変和みます。


ちなみに一番ツッコミたかったのは、浮気が息子にバレバレじゃーダメだろ原。(笑)

『世界を変えるお金の使い方』 責任編集山本良一 Think the Earth Project編 

小額の募金や、ちょっとした買物の仕方で、いろいろなことに協力できる。その簡略リストみたいな本です。
金額と、何に役立つのかと、短い説明と、関連HPが見開き2ページにまとめられていて読みやすいです。
言葉も易しいし写真も多い。
値段は100円くらいから。億千万単位の話も載ってますが、そちらはそちらで読み物として面白いです(笑)
国際協力から国内の話までジャンルも結構幅広いです。
巻末の索引で確認すれば興味のある分野の話がすぐ見つかると思います。
不要な文具・画材の寄付など、私でも出来そうなものが多々。
HPのリストが欲しいので、1冊買おうかな、と考え中です。

『ベンスン殺人事件』 S・S・ヴァン・ダイン 

これもまた本格黄金時代の巨匠、ヴァン・ダインの処女作。
骨相学・「フェアプレー」・心理学・復古主義的引用の山・「西洋の没落」・東洋への憧憬、とクロフツ以上に露骨な形でこの頃(WW1後)の西欧人の心理面や流行が盛り込まれている作品。
面白いです(愛)流石…!
「語り手」が「私」ことヴァン・ダインになっていた辺り、有栖川先生はヴァン・ダインも好きなのかしらと思ったりしました。火村・有栖と同様ファイロ・ヴァンス(探偵役)も三十五歳らしいことも。
冒頭からヴァンとヴァンスの関係がツボにきて掴みはオッケーだったんですけど(死)そこから先ヴァンは悲しいほどキャラが薄くて、はっちゃけ語り手なしの三人称で書いてしまえばよかったのでは?と思うほど。
むしろマーカム(NY地方検事)とのコンビがグーでした。
でもヴァンはヴァンで何気にヴァンスにぺったりくっついていてときめくっちゃトキメキますが(帰れ)
トリックの面ではクロフツの方が上か? という感じなのですが、ヴァン・ダインはキャラクターがかなり良かったです。あと独自の論理論(変な日本語だな;)が面白かった。

『若きウェルテルの悩み』 ゲーテ 

漱石の書くところの「高等遊民」ウェルテル(ゲーテ自身とゲーテの友人を投影したキャラクター)がシャルロッテに恋をして、そんな自分についての諸々を友人への手紙で書きつづり、その手紙を編集して微妙に「ウェルテル」ではない人物の解説を入れて本の形にした、という設定の小説。
なんかもう、は げ し い な !
テンション高すぎるよウェルテル! お前ちょっと落ち着けよ!
というかんじ。
こんな友達は欲しくない。(笑)(ひどい)
ウェルテルの手紙を載せている=ほぼウェルテルの一人語りなので、ロッテの気持ちを勝手に憶測する様はまるで思い込みの激しいストーカーのようにさえ見えてしまいました(死)現代の感覚だからか。
この熱さは大人になってから読むと引くから今のうちに読んでおけと独文科の先生にさえ言われたんですが(うわー)私は引きました、ヨ…。(笑)お試しあれ(え)

『樽』 F・W・クロフツ 

アリバイの巨匠クロフツの処女作。これを読まないでアリバイトリックが語れるか!?って古典なのに今更読みました(ダメ子)
WW1後に出てきた所謂本格黄金時代、ミステリ第二世代とも言うべき作家たち(クリスティやヴァン・ダインなど)の中に含まれるクロフツですが、この頃のミステリ作家に共通して言われる「WW1前の欧米世界への憧憬」というのがはっきりとあって、WW1の影響の強さを感じました。
探偵役に据えられる人というのが複数いるので、最後まで誰が主人公なんだかよく解りませんでした。
犯人だけは犯人だったので(何)いっそヤツが主役かというくらい(笑)
その複数の探偵役のキャラクターはそんなに個性的に分けられてはいないのです。工夫すれば一人の探偵役だけでもやれたのでは…?
クロフツはトリックは上手いが小説は下手、という評があるそうですが、構成力はともかくとしてキャラクター創造という点では当たってるかもしれません。
トリックは確かに素朴かつ盲点を突いて来る感じだし、「樽に詰められた死体」というのもミステリアスで、良いアリバイものでしたv

『日本の青春 西郷隆盛と大久保利通の生涯 明治維新を創った男たちの栄光と死』 童門冬二 

タイトルの割には勝と坂本への視点転換が顕著で、大久保さんの影が薄くてさびしかったです…。
主役が西郷で準主役は勝。そんな感じ。
また、役職や状況を現代に引き寄せてくれるのは感覚的にわかりやすくはあるんだけど、寄せられ過ぎていて人物が小さく見えました。
特に西郷さんは。ずいぶん器が小さい男に見えてしまってた。
独自の論らしきものが諸所に見えて、小説では無いもののあんまり参考にできる本でもなさそうです。

『幕末』 司馬遼太郎 

幕末の暗殺事件をテーマにした短編集。メジャーな人からマイナーな人まで。
時系列で並んでいるのかと思いきやそうでもないのか…?

『桜田門外の変』 薩摩藩士有村治左衛門らVS井伊直弼
茫洋とした主人公が好きでした。
メモ:その兄は大久保・西郷に取り立てられて明治では出世

『奇妙なり八郎』 清河八郎
七星剣という名刀を手にした文武両道天才の話。
主人公が尊大であまり好きになれませんでした(笑)
自己過信が過ぎて破滅するタイプ。

『花屋町の襲撃』 陸奥陽之助VS新撰組
坂本・中岡の敵討ちに乗り出す陸奥の話。しょっぱなからあの忍ルックで描写されていて笑いました(オイ)
理系の文官(矛盾してません)扱いで、刀の方はあんまり褒められてません。
クールな男な感じで男前な陸奥でした。

『猿ケ辻の血闘』 大庭恭平(会津)、田中新兵衛(薩摩)らVS姉小路公知
慶永は京都で人気があったらしい(メモ)
結局本当のところどうだったのか謎。そこを創作してしまわない辺りが司馬さんらしいのかもしれない。

『冷泉斬り』 間崎馬之助(長州脱藩浪人)他VS冷泉為恭
幕末→明治辺りの滑稽さが上手く描かれていると思います。
最早意味が薄れだしている「暗殺」が不条理に感じられて詮無かったです。

『祇園囃子』 山本旗朗(土佐)VS住谷寅之助
とにかく女の子に失礼じゃき…!!(笑)
や、司馬さんの描写が上手でウッカリ私もちょっとキモいかもとか思ってしまいましたけれども!(ひどい)

『土佐の夜雨』 大石団蔵、那須信吾VS吉田東洋
東洋先生暗殺話。
なかなかはっちゃけた東洋像です。
岩崎(弥太郎)、容堂様、後藤(象)など土佐の豪華どころもご出演。
東洋先生に使われてる弥太郎が可愛かったですv

『逃げの小五郎』 桂小五郎
女の子をタラシて潜む小五郎さんが可愛かったです。(…)
司馬さん小五郎さんへの評価は低い?

『死んでも死なぬ』 井上馨+伊藤博文
……司馬さんこの二人お嫌いですか。(笑…)
これから井上伊藤を知った人は引くんじゃないかと思うようなあられもない書かれっぷりです。どこまでホントなんだろう。

『彰義隊胸算用』 天野八郎、寺沢新太郎らVS渋沢成一郎
渋沢せこくてヘタレだなー(笑)栄一のお従弟さんです。
金の羽振りのよさで人心掌握する渋沢と、人徳でがんばるんだけどなかなか渋沢に勝てない天野ら。苛々が伝わってくるようです。
その喧嘩に振り回されてるエノさんたちはいい迷惑そうでした…(笑)

『浪華城焼打』 田中顕助(土佐)
「花屋町の襲撃」「土佐の夜雨」などでも顔を出してるんですが、田中君の登場ですーv高杉の忠犬。(嫌な認識)
童顔で、稚児とまでいわれてしまった田中君に山田様の面影を見ました…。(嫌な共通点)思ったより強かで抜け目ない感じのキャラクターに仕上がってたので、むしろ山田様と伊藤を足して割ったような感じかもしれません。
田中君入門(え)にはよい一遍かと思います。
むしろこの「幕末」と言う一冊に一番多く出てるのが多分田中君です。田中君オムニバス?(笑)

『最後の攘夷志士』 市川精一郎(三枝蓊(しげる))VSパークス
田中君がやっぱり出張ります。かわいいやつです。器は中ぐらいです。大きくもないけど小さくもない。
幕末「攘夷」明治「開国」という維新志士の矛盾を痛く突いて来ます。ラストが切ない。

『孤島の鬼』 江戸川乱歩 

「孤島の鬼」と「湖畔亭事件」の2作収録。どちらも本格ではないですが、良いミステリでした。

『孤島の鬼』
前半がミステリ、後半がホラーアドベンチャーという感じ。不気味で怖かったです…!(ガタブル)読んでる間はそうでもなかったのですが、読後にかなり来ました。
クイーンの「シャム双子の謎」読んで書いたのかなーとか少々思いましたです。あとやはりポーの伝奇っぽい空気を濃く受け継いでる感じがしました。
しっかしそれにつけても諸戸→蓑浦…!!!(興奮)
ちょうどこれを書いているころ乱歩は衆道関係の史料蒐集にハマっていたらしく、その影響であろうかと本人も書いてるんですけども、諸戸くん女嫌いで蓑浦くん超ラヴなんですよね…キュンです。
ヨコシマ差し引いても明治の一高の同性愛流行の雰囲気を物凄く上手く醸してると思いました。何を基準にしてるかというと「武士道とエロス」と漱石なんであれですけども。(微妙だな)
諸戸くんの好意を友情以上に受け取れず、蓑浦君が思わず抱いてしまう嫌悪感というのも痛いくらい伝わってきます。その辺はやっぱり上手いよなぁ…。
一途な人が好きなもので、ラストがとても切なかったです。
はっちゃけ蓑浦くんは気があるように見せかけて諸戸の好意を利用したようにさえ読めてしまった。

『湖畔亭事件』
乱歩は「覗きモノ」が結構好きなんでしょうか。「屋根裏の散歩者」やあのレンズの話(サブタイ忘れた…;)に続く系統。
ちょっと変態的な空気に酔います。
後半がアドベンチャーな『孤島の鬼』に比べて、全編がロマネスク系ミステリという感じの作品でした。
ラストの絵解きの緊張感が好きです。

『雪密室』 法月綸太郎 

クイーンの本格を愛する現代作家と言えば、有栖川と法月さんだと私は思ってますv
そんな法月先生の、「法月綸太郎」シリーズ第一作目。
タイトルの通り雪と密室、という「僧正殺人事件」以来定番のシチュエーションを扱われています。「僧正」のネタバレもアリですが、注意書きがあるので良いかなと。
でもその後の法月親子の会話で「僧正」トリック推測出来ちゃったからショックでしたけども…!(悔)
法月さんの出来に戻ると、トリックの方は少々無茶です。
ただ、クイーン以来の「本格」を愛してその方向へ行きたいと思われていることは伝わってきます。
法月親子はまんまクイーン親子ですね。
綸太郎からの「お父さん」って呼び方とか、法月父の親ばかっぷりとか(笑)クイーンっぽさ溢れてます。
クイーンの模倣と言ってしまえばそれまでですが、クイーンに飢えてる私としては結構楽しくありがたく読みました(笑)
今すぐシリーズ制覇したい! と思わせるほどではなかったですが、「本格」に拘って書いてくれそうな方なのでそのうち他の本も読んでみたいです。

『大誘拐』 天藤真 

面白かったです。グッジョブ!
前時代的というか、戦前の教育を受けた方だな…と思わせるところも少しあって微妙な心証にもなったんですが(笑)、時代を反映しているとも言えるでしょう。
本格というには現実離れしてしまってます。とはいえ出された謎と危機は上手に解決されて行くので文句はありません*
中身はタイトルの通り誘拐もの。
普通の誘拐とは一味違う、大掛かりかつ逆転の発想が活きている良作です。
それを可能にしたのが、キャラクターの立ち具合かと思います。
どの人物もイイんですよーう。数的にも役割的にも登場人物に無駄がないです。
しかもみんな一生懸命な人たちなので、好きにならずにはいられないのです。最後は暖かい気持ちになりましたv

『アクロイド殺人事件』 アガサ・クリスティー 

発表当時フェアプレー論争の勃発によってでクリスティーの名を広めた「問題作」。ポアロもの。
そのフェアプレー論争や問題の核心についてちょっとでも知っているとトリックはすぐに解ります。だからその辺は何も知らないで読むのが一番だと思います…。
私は悲しいことに、授業で先生が喋っちゃったので!(泣)
一度しか使えないトリックだけど、初出時に論争がおきたことも読者が綺麗に騙されたろうことも想像はつきます。
バリエーションにもしようがないので、後続はみんな「クリスティーの模倣」でしかない作品になってるでしょうな。
さすがクリスティでした。

しかしこの作品においてポアロが犯人にしたことは犯罪的だと私は思います。ポアロの倫理観とホームズ嫌いが、ポアロを好きになれない理由ですね(笑)
ヘイスティングス君不在は寂しかったけど、寂しがるポアロは可愛かった。

『百器徒然袋雨』 京極夏彦 

エノさんの発言のひとつひとつがおかしくて、いちいち笑わされました…(笑)台詞回しが最高です。
かなりオールキャラなのも嬉しい。
ペテン師全開京極堂も良かったです(笑)

『鳴釜 薔薇十字探偵の憂鬱』
「私」が振り回される様がカワイソウだ。(3作どれもだけどね!)
話のノリはシリアスというよりギャグなんですが、謎と伏線のしっかり具合がお流石でした。
花嫁さんがカッコいいですね。

『瓶長 薔薇十字探偵の鬱憤』
カメとツボの違い講義が面白かったです。
話の流れや描写の仕方で青磁をどこで見つけるか?は結構解りやすい謎だったんですが、それがなくても充分楽しいです。榎木津と京極堂が素敵なんで。(他はどうした)(他も好きだよ)
エノさんが通ったあとはぺんぺん草一本生えないですね(笑顔)

『山颪 薔薇十字探偵の憤慨』
関口君カワイソウ過ぎる…!
「私」を凌駕も凌駕したカワイソウさです。痛くて私までほろりとしました(笑)←笑ってんじゃねえか。
というか前作でもそうなんだけど、どんだけ凄い人なのかエノ父(笑)

『平和と自由の理想に燃えて 民主主義と議会政治の父・尾崎行雄』 志村武 

小学校高学年向けくらいの、尾崎行雄の伝記。
ケストナー以上に簡潔で読みやすい。かつポイントは抑えてあったと思います。つまり面白エピソードと男前エピソードと名言たちですね。
犬養さんは兄貴分(親友)として登場(笑)一雄はいない。(子供向けなのにいたら怖いよ)
時々気が弱くて流されるんだけど、あとでそれを後悔する気持ちでどんどん強い人になってゆくという「等身大の行雄さん像」だと思いました。
打たれては立ち上がることを繰り返したからこその晩年のかくしゃくとした姿だったのかな。

『仕事のための12の基礎力 「キャリア」と「能力」の育て方』 大久保幸夫 

キャリアとそれを伸ばすために必要な能力は修練で身につくもので、また身につけておいたほうが良い時期というものがある、という話。
何歳頃にどんな能力を伸ばす(修練する)べきかについて論じられてます。
そうすると「良い上司」として出世していけるよ、というのが主旨ですな。
簡潔なので読みやすいです。
「どうしてそれが必要か」「どのようなときに必要か」の説明はありますが、実際の職場や上司を例にしてあって、難しい話はしてません。
こんな上司だったらいいのにな~とは確かに思いました(笑)

『武士道とエロス』 氏家幹人 

武士道と同性愛についての考察本。
そんなに腐女子をフォローしてくれなくてもいいんですよ…とツッコミたくなりました(笑)
入門編として近代を扱って、そこから中世(著者の十八番)へ帰っていくという形です。
史料を用いた論証なのですが、ただ史料を並べただけ、という感も否めません。
論よりも史料が多かったので。
また、本当にそういうふうに書いてある史料ならともかくも、同性愛に言及したわけじゃないように読めるものまで深読みしすぎ、穿ちすぎな気がしました。

近代史料と論証に関しては知った名前が並びまくってて楽しかったですね(笑)
以下はやや本の内容に触れる感想です。
千葉出身ジャーナリスト、宮武外骨のものではないかと目されている美少年論が載っていて笑った(笑)宮武さん(らしき人)そんなん書いてたのね…!(笑)
徳富蘆花日記にもえ。えろい。ていうか蘇峰にーにはその間何してたんだ。弟へのセクハラ、気付いてなかったんか(笑)
幕末~近代においおて婦女子にめろめろするのは士道にもとる、衆道こそ硬派であるというノリが風習として強く残ってたのは土佐と薩摩であるという馬場辰猪くんの証言にもえ。(帰れ)
ええんか馬場君そんなこと言って…!先輩に怒られなかったんか…!
三浦梧楼の「観樹将軍回顧録」は、彼が一校の校長やってたときに同性愛の風潮が流行っちゃって大鉈振るいに苦労したという話で、別に一雄さんのエピソードではなかったです。(当然だよ)

『ケストナー ナチスに抵抗し続けた作家』 クラウス・コードン著 那須田淳/大本栄訳 

「エーミールと探偵たち」の作者、ケストナーの伝記。対象年齢小学校高学年くらいなので書き方は簡単ですが、結構濃いです。
ざっとケストナーの生涯を知りたいのなら十二分以上かと。
主な出典はケストナーの自叙伝など。生誕から死去まできちんと追ってくれています。
人名や事件などについて欄外に註があるのがまた良いのです。理解しやすい。
コレを読むと、「エーミール」というキャラクターがいかにケストナー自身を投影して出来上がっているかがよくわかります。悪い意味ではありませんが。
気が弱そうに見えて芯は太いというか、秘めたる闘志というか、とても真っ直ぐな人で読んでいて元気が出ました。
ちょっと尾崎に似てる気がします。なんて。

『エーミールと探偵たち』 エーリヒ・ケストナー 

ケストナー!!!
と叫びたくなるほど良かった…!
子供向けミステリ、ドイツのミステリ、といえばほとんどの人が挙げるだろう高名な作ですが今になってようやく読みました。
充っ分大人でも面白く読めます。
低年齢向けであるために伏線の引き方が露骨だったり勧善懲悪的だったりしますが、前者については後半でどの伏線もきちんと解決されているし、後者はむしろそのお陰で読後に爽快感があるのだと思います。
もうとにかくエーミールと仲間たちのキャラがいい。健気で可愛いんだ…!!

『きっと!すべてがうまくいく』  ジェームズ・アレン 

自己啓発本。著者はカーネギーにも影響したという、かなり有名な方らしいです。その著作から編者(訳者)がいいとこどりしたのが本書らしい。
言い分はポジティヴで、大体わりといいこと仰ってます。時々突拍子も無い提言をしてきますが。不可能だろそれは!みたいな。
改行ガンガンで、易しい物言いで、薄いので、さらっと読めます。
2ページくらいずつで一つのことが主張されていて、詩に近いです。

まとめるのなら「理性的であれ」「あらゆる経験はプラス」「前向き前向き」でしょうか。

『謎の物語』 紀田順一郎編 

不思議な、ひと捻りあるお話を集めたアンソロジー。子供向けながら、良品が揃っています。
モノはオカルトからミステリから様々。作家も国内から国外まで扱われているのですが、国外の方が比較的多いのでとりあえず「海外小説」にカテゴライズしました。

『女か虎か』(F.R.ストックトン)
 結局どちらだったのか激しく気になる一編。
 かなり発表後の模倣者が多かったろうと思うネタですが、一番最初にやった人を超えることは難しいでしょう。

『謎のカード』(C.モフェット)
 作者が解決編も書いているようですが「納得いかない」ブーイング多数とのこと。コレ一編で読んでおくのが正解か?
 鮮やかな解決編が登場したら、解決編書いた人はヒーローになれると思う。五十円玉二十枚の謎を思い出した。

『穴のあいた記憶』(B.ペロウン)
ミステリ仕立て。ラストが上手い。鮮やか。面白い。
仕立て、というかコレはメインの謎についてとやかく言わなければ本格に近い論理的な作品と言ってもいいと思います。

『なにかが起こった』(D.ブッツァーティ)
結局どうなったんじゃー!(笑)
や、そういう話この本には多いけれどもコレは終わり方が他よりちょっとキレが無いというか、「謎が謎のまま」で完結している美しい短編というより中途半端に終わっちゃった感がちょっとあった。
列車の疾走感は好きです。

『茶わんのなか』(小泉八雲)
化かし系説話。
途中で話が切れてしまってる話を発掘・紹介しておきながら、最後どうなったのか彼の想像さえも付け加えず読者の想像に委ねてしまうっていうその裁量がハーンらしいと思います。

『ヒギンボタム氏の災難』(N.ホーソーン)
ミステリ仕立て。どうなってるの? って思うのですが、綺麗にまとまります。
これは謎めいてるけど謎を謎のまま丸投げしていない好作品でした。

『新月』(木々高太郎)
ミステリ仕立て。心理系ミステリですね。
話としてはたっかたっか読めますが、細田氏の考え方が深いです。

『青頭巾』(上田秋成)
ナチュラルに衆道★ 雨月物語から。現代語訳といいつつところどころ古語がまんま残っています。でも註があるから読みやすい。
醸しだされている雰囲気が好きです。

『なぞ』(W.デ・ラ・メア)
これはほんとに抽象的。
多分抽象的というより象徴的なんだろうけどどう解釈すべきなのか私には解りかねました。
ただ空気の不気味さは肌で感じた。

『チョコレット』(稲垣足穂)
可愛らしい妖精ファンタジーです。日常に見せかけて非日常。童話的。
謎というより「不思議」かな。
滑稽さが良いです。

『おもちゃ』(H.ジェイコブズ)
暗示的(象徴的)。不思議な話なんだけど、大事なことを暗に指摘されているようで切ないような焦るような気持ちになりました。

『戦後ドイツ―その知的歴史―』 三島憲一 

「戦後ドイツ」に対する日本人研究者の論調は、概ね好意的であることが多い。しばしば戦後ドイツの平和教育、信頼回復を旨とした外交の方法、国民の態度などが日本と比較され、「ドイツはこんなに良くやっているのに日本と来たら」と愚痴のようにこぼす形でまとまっている。確かに日本人は第二次世界大戦に対して加害者意識が希薄であるとは思うが、ドイツ人は本当に、即刻自らを加害者と認めて償いに乗り出したのだろうか? これこそが、三島が『戦後ドイツ』の中で否定してかかったことである。
 三島はドイツを批判する。アウシュヴィッツを作り出したナチスと自分たちは別物であったと主張し、罪を認めない国民として「ドイツ人」を描く。今までもドイツのそのような拒否反応について日本人学者が書いてこなかったわけではないが、話の主となるのは戦後のドイツの対応の素晴らしさであった。ヨーロッパにおいてはプリーモ・レーヴィやエーリヒ・ケストナーなどが批判的に戦後のドイツ人の反応を書いている。にも拘らず、日本のドイツ評で、言うなればドイツ人が直視したくない「汚さ」がクローズアップされることは少なかった。あるドイツ評論にドイツ批判が含まれていたとしても、三島ほど丁寧に戦後ドイツにおける「第二次世界大戦の捉え方」を辿ったものは少ないだろう。複数のドイツ関連書を読むに当たっては、ドイツを褒めるだけでなく批判する目線からの本も当然含まれるべきである。ドイツを持ち上げる傾向のある日本学者の著作群の中で、『戦後ドイツ』は良きバランサーであるとも言えよう。
 しかし、それにしても三島が著作中で引き合いに出した知識人は偏りすぎているように思う。トーマス・マン(1875-1955)、テオドール・アドルノ(1903-1969)、ハインリヒ・ベル(1917-85)、ギュンター・グラス(1927-)、ユルゲン・ハーバーマス(1929-)などに関しては終戦直後から年代を横断して扱っている一方、ナチを巡って論を揮ったドイツ人・知識人でありながら名前さえ出てこない者も大勢いる。むしろ戦後に活躍した作家の中でも、登場してこない者の方が圧倒的に多いのである。作家に限らず単に「知識人」という形で見れば、その数はもっと多い。
数人の知識人の行動のみを標本にするという偏った形で、「戦後ドイツの知的歴史」を描き出せるものではなかろう。扱う知識人の数が増えすぎると散漫になるだろうことはわかる。しかし、三島が重点を置いた知識人たちに、そこまで大きな意見的隔たりがあったとは思えない。せめてもっと「立場が極端に違う」複数の人間について書くなどして、視点を多角的にすることは出来たのではないだろうか。あるテーマについて論じる際に、狭い視点からの展望に終始してしまっては片手落ちである。日本学者の戦後ドイツ評論、という大きな枠の中ではバランサーになり得ても、『戦後ドイツ』という一冊の本の中では毀誉褒貶に不公平を感じる。

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